研究の楽しさ
執筆:2022年11月22日
はじめに
このブログでは,私が感じた研究生活での楽しさを記します. 私は一般的な博士前期1年だと思っているので, まともに研究を始めてたった1年半しか経っていませんが, その中で感じた私なりの幸せを残します.
論文・本を読むこと
私は技術書を読み引用元の論文を読んで,さらにそこで引用されている論文を読むという方法で,研究の調査をしていました. 論文を読む過程で,先駆者たちの苦労や努力が感じられます.それに加えて,研究の歴史の流れが分かるのが楽しかったです. この論文はこの論文のインスピレーションを受けているというのが,さまざまな研究機関で連鎖していく様子は, まさに世界中の研究者が協力して,人類発展に取り組んでいる様であるように感じます.論文だけに限らず, 技術書や専門書を読むことも自分にとっては楽しい研究活動のひとつです.私は図書館に足を運び,面白そうなものだったり, 自分の研究に少しでも関係のありそうな本を選んで読んでいました.私の在籍していた大学の図書館は,新しい本がすぐに入荷され, 日本語のIT本は大体揃っていたのでその廊下を練り歩くのが好きでした.本を読んでいるときは,技術書に記されている専門の知識のみではなく, それを説明する“伝える技術”にも感銘を受けていました.私が最初にその“伝える技術”に感銘を受けたのは,『数学ガール』です. 難しい内容を分かり易く伝えられる著者の力量に感服した覚えがあります.こうした,著者の“伝える力”を盗めることも本を読むひとつの楽しみだと思います.
コーディング
私は,楽しんでコーディングに取り組んでいます. 授業での軽い問題を解く時は,数学の問題を解いてる時のように時間が過ぎてゆきますし, 自分が作ったアプリの価値が認められた時はとても嬉しいものです.コーディングを楽しくできるというのも, この分野では大事なマインドの一つかと思います.私は,別にコーディングが得意ではありません.学部時代は他人の2倍の時間を使っても解けない問題もありましたし, プログラムの授業では本試験に落ちたこともありました.それでも,楽しかったことには変わりありません.最近は,コーディングをすることは研究活動のうちの息抜きであると感じています. コーディングの醍醐味は,自分の考えを形にできることだと思っています. 自分の考えを形にし,ドキドキしながら結果を待つのは楽しいものです.このスコアを上回れば良い,とかこういう感じの結果が見えれば良いみたいな指標を設定して, コードを改善していく過程は何度やっても飽きません.先生や同僚から受けた研究に関する指摘をすぐさまコードに落とし込み,結果を確かめて「こんなんやったでー」と共有するのも楽しいものでした.
研究について考えること
研究を進める上で,研究課題は何にすべきか,提案手法に正当性はあるのか, どうしたらより良い結果を出せるか,と考えることが多いです.私の場合,研究に関するアイデアはいつも学校からの帰路で考えていました. 散歩をしていると,研究に関する課題の解決策が浮かんできたり,頭の中でバラバラになっているブロックが整理されます. 私は毎日学校から時間をかけて歩いて帰っていたので,研究の整理が自ずとできていた気がします.そして家についた瞬間にメモに取って記録を残し, 翌日研究室で実装するのです.私の研究ルーティンはそのような感じでした.私にとっては,「もしかして,これってめっちゃ上手くいくんちゃうか?」と考えることが, ウキウキで楽しかったです.実装する前に期待を込めて....という感じですね.その時間も,研究の醍醐味であるように感じます.
文章を書くこと
私は自分自身が成長している,または変化していることに気づくことが難しいと思っています. しかし文章を書くときに限っては,成長を感じることができるのです. 自分の文章を読み返して「昔はこんなん書けんかったなー」と.校正するときに,自分が書いた文章の違和感に気づくことができることも,たまに自分で感心します. 自分が“文章を書く”技術の面白さに気づいたのは,結城浩先生の『数学文章作法』を読んだ時でした.この本は,文章はセンスで書くものではないと説明してくれています. しかし,方法を理解しただけでは実戦で使えないので,日々練習するようにしています.研究を進めていくうちに増えていく日々のメールやちょっとした資料も, 文章を書く練習だと思って訓練するようにしています.どんな場合でも,自分が納得いく文章をみんなに読んでもらえること自体が嬉しかったりします. 私は文章を書くのがそんなに得意ではありませんので,人の2倍くらいの推敲をしてやっとなのです. そんな私が,論文の一部分を先生に共有した際に,「こんなんでいいんじゃないの」と言い,“どんぴしゃ”の文章を提案してくださったときは,感動したものです. これが経験値の差なのかと.もちろん経験があれば,なんでもできる訳ではありませんが,自分の何十倍もの研究生活を送っている人たちの技量を垣間見た瞬間でした.
世界と成果を共有すること
国を超えて,同じことを共有するこということ自体が楽しいものです. スポーツだったり,映画だったり,ゲームもそうですが,研究においても同じことが言えると思っています. 一つの研究を共有し,議論,改善するということが価値のあることだと感じます.そこに自分が参加できれば,世界を変えている, もしくは変えようとしている一員になれると思っています.言語の壁こそ多少はありますが,世界中の人と議論できて, 時には世界中の人から自分の成果が認められるということは非常に嬉しいことだと想像して,研究を進めています.
研究発表
定期的な学内成果発表にも対外発表に関しても言えることですが, 自分の研究を自慢できることは楽しいものです.それが成功して, 自分の研究に関心を持ってくれることだけでも十分嬉しいですが,他人の研究自慢話を聞くことも楽しかったりします. 他人の研究に対して「その着眼点があったかー」と気づき,自分の研究に応用してみようと思ったりもしていました. 他人の研究の成果やアイデアが自分の研究の役に立つこともあります.直接的に役立たなくとも,「そういえばあの人こんなことやってたなー」という記憶を頭の真ん中よりに置いておくことで, 後々深く調べられるきっかけにもなる気がします.私はそういう時に,なにかの縁を感じたりします.私は一度だけ自分の論文を対外発表したことがあります. オンライン開催での参加でしたが,様々な大学や研究機関から集った研究者が自分の論文の価値を審査してくださいました. 自分の研究を認めてもらえるというのも,研究を進める上でのモチベーションになりますし,研究を楽しく進めるきっかけにもなると思います.
好奇心を社会のために
文部科学省は学術分科会にて「学術研究の意義」を以下のように位置付けています[2].
「大学等における学術研究は,研究者の自由な発想と研究意欲を源泉として行われる知的創造活動であり,
人間の精神生活を構成する要素としてそれ自体優れた文化的価値を有するものである.(一部抜粋)」
我々学術研究者には,自由な発想と研究意欲が求められます.学術研究を価値あるものにするためには,
自由な発想と研究意欲が必要であるようです.私の高校までの学生生活では,カリカリと勉強すること以外への好奇心を抱くことは,
良くないとされていました.しかし,学術研究においては好奇心そのものを肯定的に捉えてくれます.
ただ大事なのは,社会に貢献する好奇心が必要であるということだと思っています.社会の課題を常にみつめ続け,
それを解決することへの関心と技術に対する好奇心が必要なのではないかと思うのです.
それをもっていれば,研究できるという環境はすごく恵まれていると感じます.
終わりに
この記事では,博士前期課程1年の自分が感じた研究生活における楽しさを記しました. もちろん研究生活は,ときめくことばかりではありません. 時には,というかほとんどはそんなにときめくものではないかもしれません. しかしどんな作業も良い・悪いを区別することなく精進していくことで,世界に貢献できる研究者になれるのではないでしょうか. 精進していく上で,好奇心に任せて「楽しむ」ように心がけると良い気かもしれません.
文献
- 結城浩,『数学文章作法 基礎編』,ちくま学芸文庫(2013).
- 結城浩,数学ガールシリーズ,SBクリエイティブ,https://www.hyuki.com/girl/(アクセス:2022年11月22日).
- 文部科学省,学術研究における評価の在り方について(報告), https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/toushin/attach/1337686.html (アクセス:2022年11月22日).